■ MEMORANDUM ■

♪ ラーメンたべたい
 うまいのたべたい
 今すぐたべたい

 矢野顕子 「ラーメンたべたい」(作詞:矢野顕子)

◆ ラーメンのさらにつづき。矢野顕子の「ラーメンたべたい」の歌詞の「うまいのたべたい」の部分。「ことばのレベル」が合っていないところが、微妙に魅力的でもあるのだろう。「おいしいの食べたい」でもなく、「うまいの食いたい」でもなく、「うまいの食べたい」。奥田民生なら「うまいの食いたい」の方がいいかもしれないが、ふだんはラーメン屋にひとりで行かないような女性のことを歌った歌であるなら、「おいしいの食べたい」ではややもの足りず、すこし乱暴に「うまいの」と言ってみせることで、「つらい」気持ちをなんとか打破しようとする女性の健気な努力を、言外に伝えることに成功している、と評論っぽくなってしまった(ので、あとで書き換えることにする)。

◆ で、思い出したのが、「ハラ減った、メシ食わせ」。

◇ 食事の準備をしている母親の後ろで「腹減ったー。飯食わせー」なんて、何か近くにあるものを叩いてリズムを取りながらよく言っていましたから、
www.nc-21.co.jp/dokodemo/whatnew1/baraken/baraken1.html

◇ 大阪の千里山の洟垂れ小僧や娘達は、昼前には「腹減った、飯食わせ」と大合唱して先生達を困らせたものです。
es.isis.ne.jp/fuzisawa_editor/ep_gunzi_060921.html

◇ 「はら減ったぁ~飯食わせぇ~♪」っていうのは、関西の子供が、お腹がすいた時に節をつけて唄って、必ずお母さんに叱られる唄です。これ、関西だけだよね?
blog.goo.ne.jp/tyrol7676/e/d292103d6093f752890cb3e67fc11d9b

◆ えっ、これは関西限定? 子ども時分、夕食時に、茶碗を箸で叩きながら、「ハラ減ったァ~、メシ食わせェ~」と連呼する。わざと下品なコトバを使うのがなんとも楽しかった。そんな記憶はありませんか? これが「おなか減ったァ~、ごはん食べさせてェ~」だったら、ほんとに貧乏な気がしてきて(ほんとに貧乏だとしても)、救われませんね。

◆ たとえば、1日の日記を書くのに3日かかる、というようなことは、どう考えても、経済的・生産的ではないが、それだけの時間が必要になるような特別な日もある。

◆ というようなこととはなんの関係もないが、ラーメンのつづき。ラーメン好きなひとが大勢いるようで、どこの街でも、飯時になにか食べようかと思って見渡したときにかならず目につくのが、まずラーメン屋。ワタシは、定食屋のほうが好きなので、見つかれば定食屋にはいるが、ないことも多いので、そんなときには、ラーメンを食べる。たいていの場合、おいしい。凝ったスープに具だくさん。食った、食った、満足、満足・・・、しない。なにかもの足りない。なぜだろうかと考えた。

◇ ラーメンは、それ単体で「主食」「具」「スープ」がすべて含まれた完全食。いわばフルコースと同じものと考えても問題ない。
www.argas.net/~nakano/item/893

◆ ははん、そういうことかもしれないな。全部がひとつになってるというのが、ワタシは逆に気にいらない、ということか。ラーメンに小ライス無料という店があるが、ライスの食べ方にいつも困ってしまう。ラーメンはあまりにも独立して完成された料理なので、その他のものを受け入れない、って感じ。完全でなくていいから、いろんなものをたくさん食べたい。ぜいたくなのはどっちだろう? 欲張りなのは?

2008/11/16◆ 久しぶりにラーメン屋でラーメンを食べた。とくにラーメンが食べたいわけではなかったが、みなが行くというので。

♪ 男もつらいけど 女もつらいのよ
 友達になれたらいいのに
 くたびれる毎日 話がしたいから
 思いきり大きな字の手紙 読んでね

 矢野顕子 「ラーメンたべたい」(作詞:矢野顕子)

YouTube◆ 女性ではないので、ラーメン屋にひとりで入る勇気がどれほどのものかはよくわからないが、「今はひとりで、ひとりでたべたい、ラーメンたべたい」、そんな気持ちのときもあるかもしれない。女性がラーメン屋でひとりラーメンを食べながら、「男もつらいけど 女もつらいのよ」と(心のなかで、しみじみとした内容を、しっかりとした口調で)男性に話しかける。こんな歌は矢野顕子にしか歌えない、と思っていたら、

YouTube◆ 男性の奥田民生が、「男もつらいけど 女もつらいのよ」のところを、「女もつらいけど 男もつらいのよ」と入れ替えて歌っていた。ううん、これはどうなんだろう? 聞いた感じはけっこうよかったけど。男がひとりでラーメン屋でラーメン食べても、どうってことないしなあ。こういう場合、「男」は酒を飲むしかないんじゃないか、やっぱり?

YouTube♪ 忘れてしまいたい事や
 どうしようもない寂しさに
 包まれたときに男は
 酒を飲むのでしょう

 河島英五 「酒と泪と男と女」(作詞:河島英五)

◆ まあ、これじゃ、演歌の世界になっちゃうけど。それから、矢野顕子の歌詞で、いまはひとりでラーメン食べたい心境だけど、「今度くるときゃ、みんなでくるわ、ばあちゃんもつれてくる」ってとこ、奥田民生が歌うと、「じいちゃんもつれてくる」になるんだろうかと思ったけれど、ばあちゃんのままだった。矢野顕子の別ヴァージョンを聞いたら、「ばあちゃんも、じいちゃんもつれてくる」というのもあった。ちなみに、糸井重里が矢野顕子のおばあちゃんに会ったことがあるそうで、

◇ この日は、隣の席がアッコちゃんのおばあちゃんでした(あの『ラーメン食べたい』の歌詞に、この次は、ばーちゃんも連れてというような登場している)。このおばあちゃんが、ぼくにガムとかミントとかくれる。洒落たことしてくれるよねぇ。74歳の女性にガムなんかもらったことないよ。
www.1101.com/songs/2000-07-13.html

◆ 「酒と泪と男と女」、女性が歌うと、「泪と酒と女と男」になる? なんてことはないよね。歌の男と女というのは、とにかく、むずかしい。

◆ 「トラウマ」というコトバを聞くと、即座にあまたのなかを虎と馬が走り回り、「でもしか」というコトバを聞くと、あたまのなかに奇妙な鹿がぬっと現れ出るようなひとであるなら、「たられば」というコトバを聞けば、きっとニラレバが食べたくなるだろう。

2004/02/01◆ そして、おそらく、続いて、「レバニラ」ではどうか、と考え始めているに違いない。「ればたら」?

〔道浦俊彦/とっておきの話〕 ちなみに私は「レバニラ」派です。妻もそうでした。「ニラレバ」なんて聞いたとがないといってました。もっとも彼女は、結婚するまで「天丼」を食べたことがなかった人ですから、あまり参考にはならないかもしれません。
www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/0201-0300/0286.html

◆ 「結婚するまで天丼を食べたことがなかった」ような人が、結婚したからといって、どうして天丼を食べることになったのやら。もしも、彼女が結婚する前に一度でも天丼を食べていれば、あるいは、彼女が同じく天丼を食べたことがない人と結婚していたら、彼女の人生は違ったものになっていただろうか?

YouTube♪ 「或いは」「もしも」だなんて
 あなたは嫌ったけど

 さだまさし 「主人公」(作詞:さだまさし)

〔以下、追記(2008/11/20 20:12)〕◆ さきほど今日の朝日新聞の「天声人語」を(ネットで)読んだら、あら、なんという偶然、たまたま「たられば」が・・・。

◇ だが、それから先は分からない。年金問題をめぐるテロなのか、それとも違う目的なのか。同一犯か、別人か。「たら」と「れば」の推理でつなぐ事件像は、核心部が見通せない。
www.asahi.com/paper/column20081120.html

◆ 今日の昼、定食屋のメニューにニラレバ定食があるのをみて、入ろうかと思ったが、デジカメを持っていなかったので、やめにした。しばらくレバニラ(ニラレバ)があたまから離れそうにない。

◆ 2004年5月20日、ワタシが四十になった日は雨だった。どうしてそんなことを覚えているのかというと、・・・いや、そんなことを覚えているはずもない。旧い写真を整理していて、日付を確認したら、その日がたまたま誕生日だったので。

2004/05/20◆ 道行くひとはみな傘をさして、ぼくたちの前を通り過ぎる。濡れたベンチに腰かけて、ぼくたちは、寄り添って、ただ雨に打たれている。「おなかがすいた」「もうオウチに帰ろう?」「でも、かあさんが・・・」「うさぎ、かわいそう・・・」「死んじゃうかな?」「うさぎ、あったかいね」

◆ こんな場面を背後から見ていた四十の誕生日。ちょっと哀しい。

2004/05/20◆ 公園の落書き。なんだろう? なんだか宇宙人みたい。もしかすると、土星人? 

◆ ひとりで、雨の公園で、雨宿りしている鳩たちといっしょに、宇宙人を見ていた。そんな四十の誕生日。なにをしていたのやら。

◆ 久しぶりに大型書店に寄って、帰りのバスのなかでなにか読む本はないかと、しばし時間をつぶした。新書と文庫の棚のあたりをうろうろし、

三土修平 『株とギャンブルはどう違うのか』(ちくま新書)←「株式投資に夢を見る前に知っておくべき基礎がある。資産価値はどう決まるのか。その値上がり益とは何か。値動きの背後にある法則を経済学の視座から平明に説く。」←タイトルに釣られ、立ち読みしたが、いたってマジメな内容で、ギャンブルの話はほとんど出てこない。

坂口孝則 『営業と詐欺のあいだ』(幻冬舎新書)←「一流の営業マンは、絶妙なタイミングで商品を薦め、必殺の決めゼリフを持ち、相手を褒め倒して必要のないモノも買わせる。詐欺師と一流営業マンは紙一重。きわどい営業のコツと心得を伝授!」←これもタイトルに釣られ、立ち読みしたが、とくにきわどいハナシはない。

神仏霊場会編 『神と仏の道を歩く』(集英社新書ビジュアル版)←「西国(近畿)の名だたる古社名刹が手を結び、「神仏和合」にもとづく新しい組織「神仏霊場会」を設立、「巡拝の道」が誕生した。参加社寺は一五〇に及ぶ。江戸時代まで盛んに行なわれた伊勢参りや熊野詣のように、神仏を同時に崇拝していた精神風土を現代に取り戻し、末永く百年千年の規模で展開する巡礼ルートだ。本書はその巡拝の道、唯一の公式ガイドブックである。解説に加えて、現代日本の鉛筆画壇の最高峰の作家たちが、全社寺の姿を描き下ろした。細密鉛筆画特有の柔らかさ、精神性が、世界遺産を抱え、美しい景観の保護も目指す「神仏霊場 巡拝の道」に彩りを添えている。」←東国編だったら、買ったかもしれない。鉛筆画が美しい。《木原和敏 Web美術館》で、その細密鉛筆画の一部が見られる。

◆ けっきょく、なにも買わずに店を出た。