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| アクリル | |
「アクリル樹脂」「アクリル繊維」の略。 [*アクリル樹脂=アクリル酸およびその誘導体の重合によってつくられた合成樹脂。透明度が高く、軽くて丈夫で、酸・アルカリに比較的安全であるが表面にきずがつきやすく、アセトンなどの有機溶剤に溶けやすい。有機ガラス・歯科材料・接着剤・塗料に利用される。] [*アクリル繊維=アクリロニトリルを主成分とする合成高分子からなる合成繊維。羊毛に似た感触をもつ。衣類に広く利用される。 ] |
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| あさ 【麻】 | |
(2)(1)に似た長い繊維を持つ植物。アマ(亜麻)・チョマ(苧麻)・コウマ(黄麻・ジュート)・マニラ麻・サイザル麻など。 (3)大麻・苧麻・亜麻・ジュートなどからとる繊維。またその繊維で製した糸・布など。大麻・苧麻など靭皮繊維からとるものとマニラ麻・サイザル麻など葉脈繊維からとるものがある。強靭で用途は広く、衣料・綱・網・梱(こうり)包布などとする。 ◆自分は彼をそのままにして、麻の座蒲団の上に胡坐をかいた。(夏目漱石『行人』) その自動車は村の街道を通る同族のなかでも一種目だった特徴で自分を語っていた。暗い幌のなかの乗客の眼がみな一様に前方を見詰めている事や、泥除け、それからステップの上へまで溢れた荷物を麻繩が車体へ縛りつけている恰好や――そんな一種の物ものしい特徴で、彼らが今から上り三里下り三里の峠を踰(こ)えて半島の南端の港へ十一里の道をゆく自動車であることが一目で知れるのであった。(梶井基次郎『冬の蠅』) |
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| アスファルト | |
天然には石油層に含まれ、また石油精製の際に残留物として得られる黒色の固体または半固体物質。主成分は複雑な炭化水素。天然のものは原油が地表近くで揮発成分を失って重質部分が残ったものと考えられる。道路舗装・防水・保温・電気絶縁などの材料として利用される。土瀝青(どれきせい)。 ◆窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはっきり見えるじゃねえか、めっぽう寒いや、などつぶやきのこして、(太宰治『富嶽百景』) ◆彼の家の方角に通ずる路は坦坦としたアスファルトの軍用道路で、彼はこの道が好きであつた。(小熊秀雄『監房ホテル』) ◆人通りの絶えた四条通は稀に酔っ払いが通るくらいのもので、夜霧はアスファルトの上までおりて来ている。(梶井基次郎『ある心の風景』) ◆夜になると街のアスファルトは鉛筆で光らせたように凍てはじめた。(梶井基次郎『冬の日』) |
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| アセチレン | |
可燃性の無色の気体。化学式 C2H2 炭化カルシウム(カーバイド)に水を注ぐと生じるが、このとき微量の不純物を含むため特有の匂いがある。工業的には天然ガス・ナフサを高温で分解してつくる。燃焼時に高温を出すので、照明・溶接・切断に利用する。合成樹脂・合成繊維・合成ゴムなど多くの有機化合物を合成する化学工業原料として重要。エチン。 ◆お神楽の太鼓や疳高くピイピイ鳴る風船の笛、或いは爆竹の音、アセチレン瓦斯、おでん屋の匂いなんかの中に、凍えるような夜をふかすのだった。(若杉鳥子『雨の回想』) ◆魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』) ◆げに、かの場末の縁日の夜の/活動写真の小屋の中に、/青臭きアセチレン瓦斯の漂へる中に、/鋭くも響きわたりし/秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。(石川啄木「げに、かの場末の」) |
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| アラバスター | |
雪花石膏(せつかせつこう)。 |
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| アラビアゴム | |
| アルゴン | |
希ガス元素の一。元素記号 Ar 原子番号一八。原子量三九・九五。常温で気体。空気中に約1パーセント存在する。白熱電灯・蛍光灯などの封入ガスに用いる。 |
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| アルマイト | |
| インジゴ | |
藍(あい)の色素成分で、青色柱状の結晶。水・アルコールに溶けない。天然には、配糖体として存在する。現在はアニリンから合成される。建染め染料の一種。インジゴが還元されたものは無色でインジゴ-ホワイトという。インディゴ。印度藍。 |
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| うんも 【雲母】 | |
◆上り口は半坪ばかりのタタキで、あと十畳ばかりの板の間に穴だらけのリノリウムを敷いて、天井には煤ぼけた雲母紙が貼ってあった。(夢野久作『鉄槌(かなづち)』) |
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| エナメル | |
(1)顔料を含む塗料の総称。狭義には油ペイント(ペンキ)に対して油ワニスを用いたエナメル-ペイントのこと。エナメル-ペイントのほか硝酸セルロースを用いたラッカー-エナメルもある。光沢があり、木工品や皮革製品をはじめ機械・車両などの外部塗装に用いる。「―の靴」「―塗装」 (2)琺瑯(ほうろう)。 ◆流行品店とキャバレーのあるアスファルトの露地に、黒いケープレットのついた夜の衣裳をつけて、ハイ・ヒールのエナメルの靴を穿いた都会の売笑婦。(吉行エイスケ『戦争のファンタジイ』) ◆保吉は庫裡の玄関に新しいエナメルの靴を脱ぎ、日当りの好い長廊下を畳ばかり新しい会葬者席へ通った。(芥川龍之介『文章』) ◆生れて初めての背広服を派手な格子縞で作らせられたのはその時であった。カンガルーとエナメルの高価い靴を買わされたのも同時であった。帽子もゴルフ用の鳥打ちや、ビバや、お釜帽を次から次に冠らせられた。(夢野久作『鉄槌(かなづち)』) ◆顔は少し横向きになっていたので、厚く白粉をつけて、白いエナメルほど照りを持つ頬から中高の鼻が彫刻のようにはっきり見えた。(岡本かの子『老妓抄』) ◆髪切虫にとっては、触角を動かす事が、つまり、考える事であった。見る事であった。聞く事であった。嗅ぐ事であった。あらゆる感覚を一つに集めた全生命そのものであった。その卵白色とエナメル黒のダンダラの長い長い抛物線型に伸びた触角は、宇宙間に彷徨している超時間的、超空間的の無限の波動を、自由自在の敏感さで受容れるところの……そうして受入れつつユラリユラリと桐の葉蔭で旋回しているところの……変幻極まりない鋭敏な、小さい、生きた、アンテナそのものであった。(夢野久作『髪切虫』) |
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| おうどう 【黄銅】 | |
◆日の光 まばゆくも葉越しに射して / きらめきぬ 黄銅の胸当の上に (アルフレッド・テニソン『シャロットの妖姫』坪内逍遥訳) ◆広い十畳間に黄銅の火鉢が大きい。(石川啄木『雪中行 小樽より釧路まで』) ◆一厘錢は黄銅の地色がぴか/\と光るまで摩擦されてあつた。(長塚節『土』) |
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| おおやいし 【大谷石】 | |
◆帝国ホテルの中へはいるのは勿論彼女には始めてだった。たね子は紋服を着た夫を前に狭い階段を登りながら、大谷石や煉瓦を用いた内部に何か無気味に近いものを感じた。(芥川龍之介『たね子の憂鬱』) |
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| かや 【茅・萱】 | |
| ケントし 【―紙】 | |
| こくたん 【黒檀】 | |
(2)材が(1)に似た熱帯産のカキノキ属の樹木の通称。 ◆われ、「るしへる」の弁舌、爽なるに驚きて、はかばかしく答もなさず、茫然としてただ、その黒檀の如く、つややかなる面を目戍(みまも)り居しに、彼、たちまちわが肩を抱いて、悲しげに(芥川龍之介『るしへる』) ◆靴下はもちろん黒檀色がいいよ、(吉行エイスケ『職業婦人気質』) ◆柱なんぞは黒檀のように光っていた。(森鴎外『カズイスチカ』) ◆おまけに脣(くちびる)が薄く、顔色にも見事な黒檀の様な艶が無いことは、此の男の醜さを一層甚だしいものにしていた。(中島敦『南島譚・幸福』) ◆「お床几(しょうぎ)、お床几。」/ と翁が呼ぶと、栗鼠よ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀のごとくに光沢(つや)あって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。(泉鏡花『貝の穴に河童の居る事』) |
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| コンクリ ⇒ コンクリート |
| コンクリート | |
◆松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽(おお)われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除(と)りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。(葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』冒頭) ◆道はまるっきりコンクリート製の小川のようになってしまって、もう二十分と続けて歩けそうにもありませんでした。(宮沢賢治『ガドルフの百合』) ◆悪魔の散歩は籐のステッキで/こつこつコンクリートの/東京の三月の夜の街をあるいてゐる、(小熊秀雄「魔女」) ◆電車の線路工事に必要な、コンクリ材料の砂やバラス、玉石などを、本流の川原からウインチで捲き上げようと云ふ段取りなのであつた。(葉山嘉樹『万福追想』) ◇ヒロシマ城にはコンクリの階段や。/ ガラス張りのケースがある。/ また美しくない壁もある。/ ヒロシマ城のなかのマンモスの骨。(草野心平「マンモスの牙」『マンモスの牙』, 1966) |
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| ざらがみ 【ざら紙】 | |
| したん 【紫檀】 | |
◆亦と類なき奇石であつたので、雲飛先生涙の出るほど嬉しがり、早速家に持ち歸つて、紫檀の臺を造(こしら)え之を安置した。(国木田独歩『石清虚』) ◆唐獅子を青磁に鋳る、口ばかりなる香炉を、どっかと据えた尺余の卓は、木理(はだ)に光沢(つや)ある膏(あぶら)を吹いて、茶を紫に、紫を黒に渡る、胡麻濃(こま)やかな紫檀である。(夏目漱石『虞美人草』) ◆それから廊下に接した南側には、殺風景な鉄格子の西洋窓の前に大きな紫檀の机を据ゑて、その上に硯や筆立てが、紙絹(しけん)の類や法帖と一しよに、存外行儀よく並べてある。(芥川龍之介『漱石山房の秋・漱石山房の冬』) |
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| しっくい 【漆喰】 | |
◆彼が一軒の家をじっと見ている中に、その家は、彼の眼と頭の中で、木材と石と煉瓦と漆喰との意味もない集合に化けてしまう。(中島敦『文字禍』) |
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| しょうのう 【樟脳】 | |
◆御顔に匂いかかる樟脳の香を御嗅ぎなさると、急に楽しい追憶(おもいで)が御胸の中を往たり来たりするという御様子で、(島崎藤村『旧主人』) ◆こんな話をしているうちに、聯想は聯想を生んで、台湾の樟脳の話が始まる。樺太のテレベン油の話が始まるのである。(森鴎外『里芋の芽と不動の目』) ◆すると樟脳や匂袋の香りと一緒に、長らく蔵(しま)われていたものの古臭いような、それでいて好もしい、匂いも錯(まじ)って鼻を打ってくるのでした。(鷹野つぎ『虫干し』) |
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| じゅうそう 【重曹】 | |
◆主人はいつも御酒(ごしゅ)を頂きますたんびに重曹と、酒石酸を用いましたので……そうしないと二日酔をすると申しまして、(夢野久作『無系統虎列剌(コレラ)』) |
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| ジュラルミン | |
アルミニウムに銅・マグネシウム・マンガン・ケイ素などを混ぜた合金。軽量で強度が大きいため、飛行機・建築などの材料にする。 |
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| シリカゲル | |
ケイ酸のゲルで、半透明の白色の固体。吸着力が強く、乾燥剤などに用いる。 |
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| しんちゅう 【真鍮】 | |
◆それではさよならといつて、/ めうに真鍮の光沢かなんぞのやうな笑(ゑみ)を湛(たた)へて彼奴(あいつ)は、/ あのドアの所を立ち去つたのだつたあね。(中原中也「秋」『山羊の歌』) ◆しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製らえた飴屋の笛を出した。(夏目漱石『夢十夜』) ◆車の背後の窓の外に、横に打ち附けてある真鍮の金物に掴まって立っていると、車掌が中へ這入れと云う。(森鴎外『青年』) ◆真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸(まるはだか)のまま世の中へ飛び出した。(夏目漱石『京に着ける夕』) ◆彼女は自分の前に置かれた桐の手焙(てあぶり)の灰を、真鍮の火箸で突ッつきながら、(夏目漱石『硝子戸の中』) ◆真鍮製の大根オロシとの結婚、木製バイオリンとの結婚、石油コンロ、洋服箪笥との結婚等の傾向を示すだらうこと明らかであつて、(小熊秀雄「一婦人の籐椅子との正式結婚を認めるや否や」『諷刺短篇七種』) ◆それは真鍮製のかなり頑固な洋式の把手で、鍵穴の附いた分厚い真鍮板が裏表からガッチリと止めてある。(夢野久作『巡査辞職』) |
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| ステンレス | |
〔銹(さ)びない、の意〕ステンレス-スチールの略。 |
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| スレート | |
(1)粘板岩の薄板。石盤・屋根葺(ふ)き材料とする。 (2)セメントに石綿などを混ぜて(1)を模して作った板状のもの。屋根・天井・内装・外装に用いる。 (3)(1)のような暗い灰色。 ◆海は真っ暗で、いつか大粒の雨がスレートの屋根に重い音を立てている。(松本泰『暴風雨に終わった一日』)。 |
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| せいどう 【青銅】 | |
(2) [*省略] |
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| せっかせっこう 【雪花石膏】 | |
| せっこう 【石膏】 | |
| セメント | |
(1)土木建築用の結合剤やコンクリート・モルタルの主原料とする無機質の粉末。水で練り、型に流しこんだり塗りこんだりして放置すると、水和作用により凝固・硬化する。種類が多く、製法も異なるが、シリカ・アルミナ・酸化鉄・石灰・石膏を原料としたポルトランドセメントが最も多く使われる。セメン。 (2)広く接着剤をいう。 |
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| セルロイド | |
セルロースの硝酸エステルである硝酸セルロース約75パーセントに樟脳約25パーセントを加え練ってつくったプラスチック。玩具・文房具・フィルム・眼鏡枠など日常生活に広く利用されたが、引火しやすいので、現在は他の合成樹脂にとって代わられた。 ◆ああ、Yちゃんのおもちゃだよ。鈴のついたセルロイドのおもちゃだよ。(芥川龍之介『蜃気楼』, 1927) ◆セルロイドの玩具や、硫酸の入つてゐた大きな壺や、ゴム長靴や肺病患者の敷用ひてゐたであらうと思はれる、さうたいして傷んでもゐない、茶色の覆ひ布の藁布団などに、老人夫婦は十日間程も熱心に鍬をいれてゐた。(小熊秀雄『泥鰌』) ◆たとへば、袋物工場に通つてゐた母親が、夜も休まず石油の空箱を台にして(その箱の隅には小さな蜘蛛が綿屑みたいな巣をかけてゐた!)セルロイド櫛に、小さな金具の飾をピンセットで挟み、アラビヤゴムと云ふ西洋の糊でつける仕事をしてゐる横に、新聞紙にくるんだ芋が置かれてある有様や、(武田麟太郎『釜ヶ崎』) ◆ロイドちうのは色男の事ぞ。舶来の業平さんの事ぞ。セルロイドと間違えるな。(夢野久作『笑う唖女』, 1935) ◇青い眼をした/お人形は/アメリカ生れの/セルロイド//日本の港へ/ついたとき/一杯涙を/うかべてた//「わたしは言葉が/わからない/迷ひ子になつたら/なんとせう」//やさしい日本の/嬢ちやんよ/仲よく遊んで/やつとくれ(野口雨情 作詞/本居長世 作曲「青い眼の人形」) |
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| セロハン | |
〔「セロファン」とも〕木材パルプから得たビスコースを狭いすき間から酸性液中に押し出して薄い膜状に固めたもの。グリセリンなどを少量加えて柔軟にし、包装に用いる。 |
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| ダイカスト | |
溶かした金属を、圧力をかけて金属製の鋳型に注入する鋳造法。良質・精密な製品ができ、大量生産に適する。ダイキャスト。 |
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| タイル | |
床や壁などに張りつける陶磁器製やプラスチック製などの薄板。装飾をかねて仕上げに用いる。 |
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| たがやさん | |
| タングステン | |
〔(ドイツ) Wolfram〕クロム族に属する遷移元素の一。元素記号 W 原子番号七四。原子量一八三・八四。重石として中国に多産する。光沢ある灰色の固体。融点は摂氏三四一〇度と単体中最高で、電球・電子管のフィラメント・電極、また合金材料として用いる。ウォルフラム。 |
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| チタン | |
チタン族に属する遷移元素の一。元素記号 Ti 原子番号二二。原子量四七・八八。銀灰色の鋼に似た固体金属。軽くて強度があり、耐食性も強い。ほとんどすべての金属と合金をつくる。タービン翼や飛行機の機体の材料などに利用される。工業材料として重要。チタニウム。 |
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| てぐす 【天蚕糸】 | |
◆綸、天蚕糸など異りたること無し。(幸田露伴『鼠頭魚釣り』) |
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| テレビンゆ 【―油】 | |
| テンペラ | |
(1)卵黄や蜂蜜・膠(にかわ)などを混ぜた不透明な絵の具。また、それで描いた絵。 (2)「テンペラ画」の略。 |
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| とう 【籐】 | |
◆未知の世界へ希望を懐(いだ)いて旅立つた昔に比べて寂しく又早く思はれた航海中、籐の寝椅子に身を横へながら、自分は行李にどんなお土産を持つて帰るかといふことを考へた。(森鴎外『妄想』) ◆堯(たかし)は掃除をすました部屋の窓を明け放ち、籐の寝椅子に休んでいた。(梶井基次郎『冬の日』) ◆婦人は下宿の小説家の部屋に、足を一歩踏み入れるや否や、其処に金文字の洋書、小説評論集の類と、立派な籐椅子、机を発見し、(小熊秀雄「一婦人の籐椅子との正式結婚を認めるや否や」『諷刺短篇七種』) |
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| トタン | |
(1)〔「トタン板」の略〕亜鉛をめっきした薄い鋼板。屋根ふき材・外装材などに用いる。亜鉛鉄板。「―屋根」「―張り」 (2) [*省略] ◆すぐ眼の下のトタンの屋根をバタバタとたたいて行く雨の音を聞いていると、ツイ眼の中に熱い涙が一パイ溜まって、死ぬほどつまらない、張合いのない気持になってしまうの。こんな情ない、悲しい妾の気持は智恵子さんに訴えるほかないわ。(夢野久作『少女地獄』) ◆朝、寝床のなかで行一は雪解の滴がトタン屋根を忙しくたたくのを聞いた。 (梶井基次郎『雪後』) ◆トタンがセンベイ食べて / 春の日の夕暮は穏かです / アンダースローされた灰が蒼ざめて / 春の日の夕暮は静かです (中原中也「春の日の夕暮」『山羊の歌』) ◆幸い老母も子供も女も無事だったが、家は表現派のように潰れてキュウビズムの化物のような形をしていた。西側にあった僕の二階のゴロネ部屋の窓からいつも眺めて楽しんでいた大きな梧桐と小さいトタン張りの平屋がなかったら、勿論ダダイズムになっていたのは必定であった。(辻潤『ふもれすく』 )] |
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| にかわ 【膠】 | |
◆僕は膠(にかは)臭いココアを飲みながら、人げのないカツフエの中を見まはした。(芥川龍之介『歯車』) ◆この支那のグーテンベルグとも申すべき畢昇の發明した活字は、粘土に膠を加へて乾し固めて作つたもので、(桑原隲藏『東洋人の發明』) |
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| ニス | |
◆「すべての市(いち)は、その市に固有なにおいを持っている。フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古(いにしえ)の絵画のニスとのにおいである」(メレジュコウフスキイ)もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇もしないであろう。(芥川龍之介『大川の水』) ◆この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木だった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀(よしず)だった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。(芥川龍之介『魚河岸』) ◆屋敷の仕事は真鍮の地金をカセイソーダの溶液中に入れて軽部のすませて来た塩化鉄の腐蝕薬と一緒にそのとき用いたニスやグリューを洗い落す役目なのだが、(横光利一『機械』) |
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| のり 【糊】 | |
(2)広く、接着剤の意で用いる。 |
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| はくあ 【白亜・白堊】 | |
(2)白い壁。「―の殿堂」 ◆兩岸の家や藏の白堊は、片一方は薄暗く片一方はパツと輝いて、周圍(ぐるり)の山は大方雪を被(かぶ)ツてゐた。(三島霜川『解剖室』) ◆白堊の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。(梶井基次郎『城のある町にて』) ◆水の上に割合に高く現われている船の胴も、木の色というよりは白堊のような生白さに見えていた。(有島武郎『生まれいずる悩み』) ◆広東湾の白堊の燈台に過去の燈は消えかけて、(吉行エイスケ『地図に出てくる男女』) ◇寺院の尖塔や青銅(ブロンズ)の円頂(ドーム)、交十字旗(ユニオン・ヂヤツク)が飜(ひら)めく白堊の商館、(吉田一穂「海市」『海の聖母』, 1926) |
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| はくぼく 【白墨】 | |
◆宮本は小さい黒板へ公式らしいものを書きはじめた。が、突然ふり返ると、さもがっかりしたように白墨の欠(かけ)を抛(ほう)り出した。(芥川龍之介『寒さ』) |
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| パピルス | |
(1)カミガヤツリの別名。 (2)(1)の茎を裂いて縦横に重ねて作った、一種の紙。筆写材料としてエジプトや地中海沿岸地方を中心に、紀元前3100年頃から紀元後一〇世紀頃まで使われた。紙を意味する英語 paper フランス語 papier などはパピルスに由来。 ◆所が西域の方では、その當時書寫の材料として使用したのは、パピルス即ちカヤツリ紙か、または獸皮を滑した革紙即ちパルチメントであつた。支那の唐の中頃、西暦の八世紀の半頃までは、西域でも歐洲でも、今日謂ふ所の紙の製造法を知らずに、ひたすら不便極まるパピルスや革紙を使用して居つたのであります。(桑原隲藏『東洋人の發明』) |
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| パラフィン | |
(1)石油から分離される蝋状(ろうじよう)の白色半透明の固体。高級メタン系飽和炭化水素の混合物で、臭気なく、融点は四五〜六五度。蝋燭(ろうそく)の原料、軟膏や化粧品の基剤とする。石蝋。 (2)メタン系飽和炭化水素の総称。 (3)「パラフィン紙」に同じ。[*パラフィン紙=グラシン紙・模造紙などにパラフィン(1)を浸み込ませた防水性の紙。] ◆私はその瓶を大切に抱えたまま、ソロソロと月明りの磨硝子(すりガラス)にニジリ寄った。窓の框(かまち)に瓶の底を載せて、パラフィンを塗った固い栓を、矢張り袖口で捉えて引き抜いた。(夢野久作『一足お先に』) |
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| はんだ 【半田・盤陀】 | |
| はんぷ 【帆布】 | |
| 木綿または麻の太い糸を密に、平織りにした厚地の織物。帆・テント・靴などに用いる。 | |
| ビニール | |
| [vinyl] ビニル樹脂・ビニル繊維などで作った製品の総称。 [*ビニル樹脂=塩化ビニル・酢酸ビニル・ビニルアセチレン・スチレンなどのビニル化合物の重合体から成る合成樹脂の総称。] [*ビニル繊維=ポリビニル-アルコールなどのビニル化合物の高重合体から成る合成繊維。ビニロンなど。] |
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| ピネン | |
テルペンの一。テレビン油の主成分で、植物の精油として広く存在する。合成樟脳・合成香料の原料、また溶剤に用いる。 |
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| ビリジアン | |
酸化クロムを主成分とした青緑色の顔料。また、その色。 |
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| ビロード 【天鵞絨】 | |
表面が毛羽・輪奈(わな)でおおわれた、滑らかな感触のパイル織物。本来は絹。江戸初期に西洋から輸入され、のち京都で織り出された。ベルベット。〔「天鵞絨」とも書く〕 ◆つぎは、くまのクロが出る番になっていました。くまつかいの五郎が、ようかん色になったビロードの上着をつけ、長ぐつをはいて、シュッシュッとむちをならしながら、おりのそばへいきました。(新美南吉『正坊とクロ』) ◆対岸の山は半ばは同じ紅葉につつまれて、その上はさすがに冬枯れた草山だが、そのゆったりした肩には紅い光のある靄がかかって、かっ色の毛きらずビロードをたたんだような山の肌がいかにも優しい感じを起させる。(芥川龍之介『日光小品』) ◆そうしてよく眼をこすって見ると、私の枕元の暗い電燈の下に、青い天鵞絨(ビロード)のコートと、黒狐の襟巻に包まれた彼女が、化粧を凝らした顔と、雪白のマンショーを浮き出さして、チンマリと坐っているのであった。(夢野久作『鉄鎚(かなづち)』) ◆東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨(びろうど)のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡の山であらう。(芥川龍之介『芋粥』) ◆やはらかく深紫の天鵞絨(ビロウド)をなづる心地か春の暮れゆく // 麦畑の萌黄天鵞絨芥子の花五月の空にそよ風のふく (芥川龍之介「紫天鵞絨」) ◆ことによく日の当る所に暖かそうに、品よく控えているものだから、身体は静粛端正の態度を有するにも関らず、天鵞毛(びろうど)を欺くほどの滑らかな満身の毛は春の光りを反射して風なきにむらむらと微動するごとくに思われる。吾輩はしばらく恍惚として眺めていたが、(夏目漱石『吾輩は猫である』) ◆この時雪の締めて置いた戸を、廊下の方からあらあらしく開けて、茶の天鵞絨(びろうど)の服を着た、秀麿と同年位の男が、駆け込むように這入って来て、(森鴎外『かのように』) ◆黒表紙には綾があって、艶があって、真黒な胡蝶(ちょうちょう)の天鵝絨(びろうど)の羽のように美しく……(泉鏡花『国貞えがく』) ◆とにかくべんべろという語(ことば)のひびきの中に、あの柳の花芽の銀びろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光のぐあいが実にはっきり出ているように、(宮沢賢治『おきなぐさ』) ◆かつと横に射し掛る日の光が其の凄い雲の色を稍和げて天鵞絨(びろうど)のやうな滑かな感じを與へた。(長塚節『土』) |
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| フェルト | |
毛のからみあう性質を利用して、羊毛などの毛を縮絨(しゆくじゆう)させて固めたもの。帽子・敷物・履物などの材料に用いる。フエルト。 |
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| ふのり 【布海苔・海蘿・鹿角菜】 | |
(2)(1)を天日にさらして乾燥したもの。水を加えて煮て糊として、織物の糸や絹布の洗い張り、捺染(なつせん)などに用いる。 |
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| ブリキ | |
スズをめっきした薄い鉄板。建材や缶詰の材料とする。 ◆道悪を七八丁飯田町の河岸のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺ぶきの棟の低い家がある。(国木田独歩『窮死』) ◆白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、(芥川龍之介『大川の水』) ◆オツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。(宮沢賢治『オツベルと象』) ◆彼は群集にまぢつて、縁日の玩具にながめ入つてゐた、其処の金盥の水の上には、三艘のブリキ製の舟が、小蝋燭をもやすことで、物理的に走り廻つてゐた。(小熊秀雄「盗む男の才能に関する話」『諷刺短篇七種』) ◆それでなくても老人の売っているブリキの独楽はもう田舎の駄菓子屋ででも陳腐なものにちがいなかった。(梶井基次郎『冬の日』) |
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| ベニヤ | |
木材の薄板。単板。 |
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| ベール | |
| [veil] (1)装飾・保護・遮蔽(しやへい)などの目的で、婦人が顔の前に垂らす薄い布。面紗。 (2)物をおおって見えなくしているもの。「神秘の―をはぐ」「夜の―に包まれる」 ◆と、白い冬の面紗(ヴェイル)を破って近くの邸からは鶴の啼き声が起こった (梶井基次郎『冬の日』) ◆彼女の死の前後の苦しい経験がやっと薄い面紗(ヴェイル)のあちらに感ぜられるようになったのもこの土地へ来てからであった。(梶井基次郎『城のある町にて』) |
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| ほうろう 【琺瑯】 | |
◆水底の石は眼玉のようなのもあり、松脂(やに)の塊まったのも沈み、琺瑯質に光るのもある、(小島烏水『梓川の上流』) ◆裏には、薄く琺瑯のかかった糸底の中に茶がかった絵具で署名がしてあった。(宮本百合子『伊太利亜の古陶』) ◆子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をかきこんだ。(黒島伝治『渦巻ける烏の群』) |
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| ほぬの 【帆布】 | |
| ポリエチレン | |
エチレンの付加重合により得られる高分子化合物の総称。無色半透明の可燃性物質。耐薬品性・電気絶縁性・防湿性・耐寒性・加工性が高く、絶縁材料・容器・パッキングなどに用いられる。 |
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| ボール | |
| みかげいし 【御影石】 | |
| みょうばん 【明礬】 | |
◆彼は足を縮めながら、明礬色の水の上へ踊り上ったと思う内に、難なくそこを飛び越えた。(芥川龍之介『素戔嗚尊』) ◆屋根瓦にへばりついている猫の糞と明礬を煎じてこっそり飲ませたところ効目があったので、(織田作之助『夫婦善哉』) |
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| めんしゃ 【面紗】 | |
| モルタル | |
(1)セメントまたは石灰に砂を混ぜて水で練ったもの。外壁塗装・煉瓦(れんが)積み・タイル貼りなどに用いる。普通はセメント-モルタルをさす。膠泥(こうでい)。 (2) [*省略] |
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| ようひし 【羊皮紙】 | |
| ヨードチンキ | |
ヨウ素とヨウ化カリウムとをエタノールに溶かした、暗赤褐色の液体。皮膚・創傷の消毒・刺激剤に用いる。ヨジウム-チンキ。ヨーチン。〔「沃度丁幾」とも書く〕 |
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| ラッカー | |
ニトロセルロース・樹脂・顔料などを揮発性溶剤に溶かした塗料。乾燥が非常に速く、耐水性・耐摩耗性にすぐれる。ピロキシリン-ラッカー。 |
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| れきせい 【歴青・瀝青】 | |
| ワニス | |
透明な被膜を形成する塗料。天然または合成の樹脂を溶媒に溶かしたもの。ボイル油や乾性油で溶かした油ワニス、揮発性溶媒に溶かしたスピリット-ワニスなどがある。ニス。仮漆。 ◆そこで、このアパートが普通の下宿屋乃至(ないし)木賃宿とそんなにちがつたものでないと云つても、あやしむことなく理解されるだらう。それでも、下の入口の下駄箱の側にはスリッパが――アパートの主人はこれをスレッパと呼んでゐる――乱雑にぬぎすてられてあるし、廊下の両側の部屋には、褐色のワニス塗りのドアがついてゐ、中からも外からも鍵がかけられるやうになつてゐて、幾分西洋くさいアパートに近づかうとはしてゐる。(武田麟太郎『日本三文オペラ』) ◆車室の中は、青い天蚕絨(びろうど)を張った腰掛けが、まるでがら明きで、向うの鼠いろのワニスを塗った壁には、真鍮の大きなぼたんが二つ光っているのでした。(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』) |
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| ラシャ | |
紡毛を原料とし、起毛させた厚地の毛織物。日本には一六世紀後半にもたらされ、陣羽織・合羽(カツパ)・火事羽織、のちに軍服などに用いられた。〔「羅紗」とも書く〕 |
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| ラワン | |
フタバガキ科の常緑の巨木。東南アジア原産。俗にラワン材とよばれる木材をとる樹種の総称。材の色によって赤ラワン・白ラワン・黄ラワンに区別される。材は家具材・建材など用途が広い。 |
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| リノリウム | |
亜麻仁油などの乾性油を酸化させたコロイド状物質に、樹脂・おがくず・コルク粉などを練り合わせ、麻布に塗抹(とまつ)し乾燥したもの。耐水性・弾性に富み、床張り・壁張り・版画材料に用いる。 ◆リノリウムの床には何脚かのベンチも背中合せに並んでいた。(芥川龍之介『春』) |
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| れんが 【煉瓦】 | |
◆土葬はいかにも窮屈であるが、それでは火葬はどうかというと火葬は面白くない。火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。(正岡子規『死後』) ◆横町へ曲って、赤煉瓦の神田区役所の向いの処に来ると、瀬戸が立ち留まった。(森鴎外『青年』) ◆そこには空き罎の破片を植ゑた煉瓦塀の外に何もなかつた。しかしそれは薄い苔をまだらにぼんやりと白らませてゐた。(芥川龍之介『或阿呆の一生』) ◆赤煉瓦遠くつづける高塀の / むらさきに見えて / 春の日ながし // 春の雪 / 銀座の裏の三階の煉瓦造に / やはらかに降る // よごれたる煉瓦の壁に / 降りて融け降りては融くる / 春の雪かな (石川啄木『一握の砂』) ◆はやく適当の日本人を招聘して、大学相当の講義を開かなくっては、学問の最高府たる大学も昔の寺子屋同然のありさまになって、煉瓦石のミイラと選ぶところがないようになる。(夏目漱石『三四郎』) ◇東大耳鼻咽喉科の赤煉瓦建ての玄関に立って。/ 春の雨を見る。(草野心平「言葉」『マンモスの牙』, 1966) |
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| ろう 【蝋】 | |
| 高級脂肪酸と高級一価アルコールとのエステル。天然のものは多くが固体。グリセリドである油脂に似ているが、油脂よりも酸化や加水分解に対して安定。動植物体の表面に存在し、保護膜の役を果たすものが多い。精製して、艶(つや)出し・化粧品・医薬品などに用いる。木蝋など慣用名で蝋とよばれていても油脂のものがある。ワックス。 | |
| ろくしょう 【緑青】 | |
◆山いちめんの小松原の色がありありとその心を語つてゐる。黒みがかつたうへにうす白い緑青を吹いてゐるのである。(若山牧水『或る日の晝餐』) ◆湖は緑青よりももっと古びその青さは私の心臓まで冷たくしました。(宮沢賢治『インドラの網』) ◆彼は丁度真向に居たから、自分は彼を思ふ存分に観察し得た。実に其唇は偉大である。まるで緑青に食はれた銅の棒が二つ打つつかつた様である。(村山槐多『悪魔の舌』) ◆浮き立ての蓮の葉を称して支那の詩人は青銭を畳むと云った。銭のような重い感じは無論ない。しかし水際に始めて昨日、今日の嫩(わか)い命を托して、娑婆の風に薄い顔を曝すうちは銭のごとく細かである。色も全く青いとは云えぬ。美濃紙の薄きに過ぎて、重苦しと碧(みどり)を厭う柔らかき茶に、日ごとに冒す緑青を交ぜた葉の上には、鯉の躍った、春の名残が、吹けば飛ぶ、置けば崩れぬ珠となって転がっている。(夏目漱石『虞美人草』) ◆わたしはいつか東洲斎写楽の似顔画を見たことを覚えている。その画中の人物は緑いろの光琳波を描いた扇面を胸に開いていた。それは全体の色彩の効果を強めているのに違いなかった。が、廓大鏡に覗いて見ると、緑いろをしているのは緑青を生じた金いろだった。わたしはこの一枚の写楽に美しさを感じたのは事実である。けれどもわたしの感じたのは写楽の捉えた美しさと異っていたのも事実である。こう言う変化は文章の上にもやはり起るものと思わなければならぬ。(芥川龍之介『侏儒の言葉』) ◆……児島良平……電話四四〇三番」と彫り込んだ緑青だらけの真鍮看板を掛けて、入口の硝子扉にも同じ文句を剥げチョロケた金箔で貼り出していた。(夢野久作『鉄槌(かなづち)』) |
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| わらばんし 【藁半紙】 | |
(2)⇒ざら紙(がみ) ◆確か小学校の二、三年生のころ、僕らの先生は僕らの机に耳の青い藁半紙を配り、それへ「かわいと思うもの」と「美しいと思うもの」とを書けと言った。僕は象を「かわいと思うもの」にし、雲を「美しいと思うもの」にした。それは僕には真実だった。が、僕の答案はあいにく先生には気に入らなかった。/ 「雲などはどこが美しい? 象もただ大きいばかりじゃないか?」 / 先生はこうたしなめたのち、僕の答案へ×印をつけた。(芥川龍之介『追憶』「答案」全文) ◆彼女は、藁半紙のようにごく粗末なパムフレットに目を据えたまま、(宮本百合子『心の河』) |
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